持つべきものは妙なこだわり

執着はいずれ愛着に変わるのである

インスブルック、チロル地方 Innsbruck, Tirol 2009.7.30-31

 7月30日の朝、弟は日本に帰国するために早朝にホテルを出て行った。自分はそんなに早く起きる必要はないので、1時間程度二度寝したあと、朝食をたべに食堂へ降りた。輝かしいご飯の数々が目の前に並んでいた。いままでの朝食は乾いた冷たいパン、シリアル、牛乳、コーヒー程度のものだった。ここには温かい卵、ソーセージ、ハム、ヨーグルト、トースト、果物、もう何でもあった。幸せいっぱいを腹に収めて、バスでベネチア・サンタ・ルチア駅まで戻り、インスブルック Innsbruck までの切符を購入。人気行程ではないようで、難なく席を手に入れることができた。どんなに混んでいても一つくらいは席が空いているもので、一人旅の一つの利点はこういうところにもあるな、とここでは満足げだったのだが、のちに西ヨーロッパで痛い目に遭う。電車を待っている間、アメリカ人の親子(おばあちゃんとお母さんで、子供は置いてきていると思われる)と話した。これがまた話し好きなおばあちゃんで、飽きなかった。3週間くらい娘と一緒にヨーロッパで旅行でね、けれどやっぱり2週間もするとお互いめんどくさくなって喧嘩も多くなって困るわ、あなたアメリカの大学院でたのそれは良いわね、働く前にたくさん遊んどきなさい、ああこの大量の荷物はお土産なのたくさん買いすぎちゃったわ、とエンドレス。やっぱり長い旅だと話し相手が欲しくなるのはみんな一緒なのだろう。Have a nice trip, 何回使ったか分からないこのフレーズで、親子と別れた。
 ヴェローナオーストリア・イタリア共同路線に乗り換える。ヴェローナを出発して1時間も経たないうちに、一気に雰囲気が変わった。駅名から判断するとまだイタリアだけれど、緑あふれる山が列車の左右に広がる。そして、ローマに着いてから一度も見ていなかった雲が空に見える。灼熱の日差しには精神的にも肉体的にもうんざりしていたので、恵みの雲とさえ感じられた。そしてしばらくすると、駅名のウムラウトの文字(アルファベットのうえに点々がついている文字)が見えだした。ドイツ語圏。いつの間に国境を越えたんだろう、というくらい国境越えイベントはあっけない。
 インスブルック駅に着いて降りると、なんと涼しい!鞄から初めてパーカーを引っ張りだした。街の雰囲気もイタリアとはがらりと変わって、「ヨーロッパ」という言葉で想像される建物が並ぶ。旧市街はこじんまりとしていて、1時間もあれば一回りできる。自分の持っていた地球の歩き方(ヨーロッパ)にはインスブルックのことは詳しくは載っていなかったので街のインフォメーションセンターで地図をもらって見所を聞いていたのだけど、急遽来ることにした街だったので見たいところもない。雰囲気を少し味わっていると雨も降ってきたので、宿に向かうことにした。ヴェローナから電話したら「ベッドはたくさんあるから適当に立ち寄ってくれ」と言われたので、そのとおりバスに乗って行った。オーストリアのバスはきれいだし、停留所名もちゃんと表示される。何より、たかが2年間とは言え、ドイツ語を習っていたので恐怖心が少ないのがよかった。それに、みんな英語をしゃべってくれる。宿の部屋は4人部屋で、そこそこきれい。何回も言うけれど、何よりも涼しいのが本当に良かった。シャワーを浴びて、寝転びながら明日からの計画をたてる。ミュンヘンに行くことは決まっていたけれど、直行するのもつまらない。チロル地方の自然を見て行きたかったので、途中にあるアッヘン湖 Achensee に立ち寄ることにした。蒸気機関車に乗って行くらしい。どちらかというとそっちの方に惹かれたのだけれど。
 夜中、ルームメイトが入ってきたけれど静かにしてくれたので問題なく眠れた。さあ、朝ご飯だ。オーストリアに入ったのだから多少は良いだろうと期待して食堂に行くと、ハム、チーズ、ヨーグルトがあった。前日の豪華絢爛な朝食には劣るけれど(当たり前だ)、食の進みは全然違う。パンは相変わらず美味いとは言えないけれどできるだけ腹にためて、出かけた。何回もご飯の話が出てくるけれど、朝ご飯の充実度でその日の活動力が全く違うのだ。昼ご飯をどれだけ省略できるかにもかかってきて、結局それは旅全行程の出費に大きく関わってくるので、重大問題だ。
 さてお目当ての蒸気機関車だが、イェンバッッハ駅 Jenbach からアッヘン湖駅を単線で往復している。ちょっと高かったけれど、ここでケチってもしょうがない。線路の間にあるギザギザにギアをかませて、滑らないように押して上って行く、かわいらしい蒸気機関車だったが、乗り物好きの男児ならあのシュポシュポという音と、汽笛の大きさに興奮しないではいられない。昨日の雨が嘘のように晴れていて景色もすばらしく、気持ちがいい。ものすごい遅いけれど、それはご愛嬌。湖に着くと、大体の人はフェリーに乗り換えて反対側の湖畔の保養地に向かって行った。自分は帰りの汽車が来るまで散歩することにした。カウベルを首にした牛がいたり、釣りをする人がいたり、のどかなところで本当にきれいだったけれど、さすがに一人だと話し相手もいなくて寂しい。やっぱり街にいた方が面白い。ミュンヘンへ向かった。