持つべきものは妙なこだわり

執着はいずれ愛着に変わるのである

『驚きの皮膚』傳田光洋(2015) - 分野を越えた科学的アプローチ、筆者の飽くなき人間への興味

驚きの皮膚

驚きの皮膚

物の手触りに必要以上にこだわってしまう自分の性質から、以前から皮膚に対する興味がありました。
またひとつ、自分が知らなかった世界を教えてくれる本に出会うことができました。

この本は大きく3部構成に分かれています。

  1. 皮膚の基礎研究に対して筆者が行ってきたアプローチと成果
  2. 人間というシステムの最先端である皮膚がもっている驚きの能力の研究
  3. 社会構造というシステムと人間の可能性に対する筆者が飽くなき興味

以下で示す「部」の番号は、本書内での番号とは異なり、上記3つを指します。

1部で私が感銘を受けたのは筆者の皮膚の本質を知ろうと言う意気込みと、それに対する物理と化学の知識背景をふんだんに使った研究手法です。皮膚の角層の保湿の主役はなんだ、という皮膚学会の論争に対する筆者の問いかけがその姿勢を表しています。

そんなことより重要なのは、自動車のたとえに戻ると、「自動車のガソリンを燃焼させ、そのエネルギーを回転運動に変えて走る」というのが本質だということです。私は、角層機能についても、そんな本質的な議論、研究が必要だ、と思い始めました。

筆者の研究の軌跡が物語のように読みやすく楽しく書かれています。

2部では皮膚の知られざる機能と性能について様々な研究成果を示しています。どのような内容かは本を読んで楽しんでいただきたいですが、私がこの本の中で「なるほど」と納得したたとえを紹介します。

「企業の皮膚」で働く人たちわ、取引先や店頭で、お客さん一人ひとりへの対応について、いちいち「脳=取締役会」の判断を仰いでいては仕事にならない。最前線に立つ人が、かなりの判断を瞬時に下さなければなりません。

3部目は皮膚との関係性がやや弱いですが、それを差し置いて筆者の余りある人間と社会科学と文明に対する興味と知見に触れることができます。

筆者は、「社会構造」という意味合いで用いている「システム」にがんじがらめになってしまった人間の今を憂いながら、人間の可能性や素晴らしさを信じています。本来の人間への回帰あるいはさらなる前進に、人間の物理的最先端である皮膚が一役買ってほしいと強く願っているように受け取れました。興味が広すぎる筆者にとって、皮膚というのはたまたま仕事上専門分野になったものである一方で、それを通して人間の本質を捉えようとするエネルギーには感服します。

とても良い本に出会いました。